マリンエアの歴史

紆余屈折の神戸空港

神戸空港が建設、開港するまでの経緯は、かなり複雑でした。 建設費用の回収など、開港後も問題は残っています。

1970年代

住宅地にある伊丹空港の騒音問題のため、 関西地方に二つめの空港を作る計画がもちあがりました。 第一候補としてあげられたのが、神戸沖でした。 当時の神戸市が反対したため、神戸沖ではなく、 泉州沖に新空港建設(現在の関西国際空港)が決定しました。

1980年代

国際空港を拒否した神戸市が、一転して新空港建設を運輸省に提出しました。

1990年代

神戸空港建設許可が下りましたが、その直後に阪神大震災が発生します。 震災前も反対派が多かったようですが、 震災からの復興を求める声が強く、神戸市民の多くが空港建設に反対していました。 田中康夫(現在は長野県知事、新党日本代表)が反対運動に参加したのも有名です。 また、住民投票を求める署名活動などがおこなわれました。

ところが、神戸市議会では空港建設賛成派が多かったため、 住民投票も行われないまま、建設着工となりました。 神戸市民の意見を聞き入れず、強引に押し切ってしまいました。

2000年代

空港は完成し、2006年2月16日に開港予定となっています。 就航路線、便数などは比較的良好ですが、 埋立地の売却がほとんど進んでおらず、 建設費用約3100億円の回収を危ぶむ声もあります。

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